大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)1685号 判決

被告人 丸尾正信 外二名

〔抄 録〕

一、ミスズ建設株式会社関係について

ミスズ建設株式会社(以下単にミスズ建設という)は、昭和三二年に久保田敦が設立した会社であつて、土木建築の請負業を目的とするものであるが、設立後暫くの間はその業績に好況を呈したものの、過度の事業拡張等が災してその後次第に経営不振となり、昭和三五年暮頃には多額の欠損を抱えてまさに倒産寸前の状態に陥入つていたのである。久保田社長は他から大口の融資を受けてこの窮地を脱しようと試みたのであるが、当時同会社においては、社会所有の不動産や電話類は勿論、社長個人や幹部職員の私宅などまでがその借財の担保に提供され尽くしていて新規借受のために供し得る担保物件は殆んど皆無に近かつたところから、一般金融筋からも相手にされず、その資金繰りに頓挫を来たしたため、久保田は、窮余、その頃知り合つた被告人内倉に同会社の窮状を告げて然るべき融資先の斡施方を懇請したのである。被告人内倉は、当時、生命保険等の代理業を営む傍ら、武蔵野信用金庫(以下単に金庫ともいう)永福町支店の預金拡充推進委員をしていたものであるが、同金庫の専務理事をしていた被告人丸尾とは旧来の親友であつたところから、丸尾を通じて金庫から融資を受けさせてやろうと考え、昭和三六年一月中旬頃金庫本部を訪れ、被告人丸尾にミスズ建設の窮状を打明けたうえ、同会社としては格別担保に供し得る物件はないが特別の計らいをもつて同会社に五〇〇万円融資してくれるよう要請したのである。これに対して被告人丸尾は、被告人内倉とは前記のように昵懇の間柄にあり、しかも内倉が金庫永福町支店の預金拡充推進委員として抜群の好成績を挙げていた関係上、その顔を立てる意味合からこの申入れを無下には拒み難いとしたのである。ただ当時金庫においては貸出の比率が高く、このうえ新規の大口貸付をするとその所謂預貸率が崩れることとなる虞れがあつたため、被告人丸尾としてもこの点で些か躊躇を感じたのであるが、被告人内倉において、他から借受申込金額に相当する導入預金を斡旋する旨の申出をするに及んで、これを条件にミスズ建設に五〇〇万円の貸付をすることとを承諾し、かくして原判示第一の二の導入預金がなされる一方、ミスズ建設に対する本件五〇〇万円の貸付が実施されるに至つたのである。

ところで右貸付に際して金庫内で果して事前に正規の禀議手続が採られたかどうか記録上必らずしも明らかではない。然しながら当時金庫においては、理事長の鳥海修が医師の出身で金融業務には必らずしも通じていなかつたところから、この種業務の執行は勢いこの道に練達している被告人丸尾を中心に運営されていたのであつて、本件の貸付にしても、それが事前に正規の禀議手続を経由したか否かは別として、事実上同被告人の独断的な裁量によつて決定されたものであることは否定し得ない。被告人丸尾としては、別懇の間柄にある被告人内倉の顔を立てる意味合でこの貸付に踏み切つたのであるが、金庫は本件以前にミスズ建設と融資取引をもつたことはなく、本件の貸付は金庫にとつてまさに文字通りの新規取引であつたのである。従つてこのような場合被告人丸尾としては、須く配下の担当職員をして同会社につき十分の信用を調査させると共に、万一の事態に備えて確実な担保を徴すべきであり、若し貸付金の回収が困難又は不能となる虞れが予測されるときは可及的に貸付を回避する等の措置を講ずべき任務があることは蓋し言うを俟たないところである。然るに被告人丸尾は、予め、被告人内倉から、ミスズ建設の資金繰りが苦しく、本件借受に際して供するべき確実な担保物件が皆無である旨を打明けられており、しかも同会社の信用調査に当つた担当職員からも貸付を不適当とする意見具申がなされていたのに拘らず、被告人内倉えの情実に溺れて確実かつ十分な担保を供することなく、敢えて金五〇〇万円という大口貸付を強行し、結局はその取立に著しく困難な事態を招来して金庫に多大の損害を与えたものであつて、その背任の罪責はまことに明瞭といわなければならない。

次に、ミスズ建設に対する本件二度目の貸付についてみるに、同会社は本件最初の貸付が行われた日の翌日である同年二月一日に手形の不渡を出し、銀行取引も停止されるに至つてその信用を全く喪失したのであるが、被告人丸尾は、この間の事情を知悉しながら、同月一四日、確実な担保も徴しないで敢えて同会社に一〇〇万円の貸付を行なつたのである。この貸付も被告人内倉の仲介によるものであるが、当時被告人丸尾が、この貸付によつてミスズ建設を再建させ、その営業収益によつて最初の五〇〇万円を含む本件貸付金全額の回収を計ろうとする気持を抱いていたことは必らずしも否定できない。然しながら若しそうであつたとするならば、被告人丸尾としては、予め同会社の業態及びその将来性並びに貸付金の用途等について十分慎重な検討を尽くし、確実な成算を得た場合に限つて貸付を実施すべき筋合であつたのである。然るに同被告人がこのような措置を講じた形跡は記録上全くこれを窺い得ないのであつて、被告人丸尾としてはこの貸付についても背任罪の責を免れないものである。

二、新栄伸鉄株式会社関係について

被告人原は、所謂「見せ金」の方法で資本金八〇〇万円の伸鉄会社(新栄伸鉄株式会社)を設立しようと計画し、安価な手数料でこの手続をしてくれるところを探していたが、市中の所謂払込立替屋に頼むと一五、六万円の手数料をとられるということであつたため、さらに安価な費用で出来る方法はないものかと考えて、昭和三六年一月二〇日頃、かねて面識のある被告人丸尾の私宅を訪れ、同人にその尽力方を依頼したところ、被告人丸尾から「一〇万円位出せばやつてやる」といわれたので、これを了承して同人にその手続を一任したのである。もつともその際被告人丸尾がその採るべき具体的な方法を被告人原に表明した形跡はなく、また被告人原としても、特に所謂預合の手続を希望した訳でもなく、ただ一〇万円の費用で払込手続を済ませて貰えるのならその方法の如何を問わないという気持で一任したに過ぎないのであつて、この段階で右両者間に預合の通謀が成立したと認めることはできない。然しながらその後同月末頃被告人丸尾は金庫本部の専務理事室において、被告人原の居る面前で、金庫本店次長の山崎清作に対し、「原さんが会社を作るのに払込保管証明が欲しいとおつしやるから、金庫から貸付をおこして会社を設立してやつてやつてくれ」などと申し向けて、所謂預合の方法による払込金保管証明書の作成方を指示したのであり、被告人原もその場で直接これを見聞し、その手続に要する関係書類や自己の印鑑を被告人丸尾に預託したことが明らかであるから、少なくともこの時点において被告人両名間に本件預合の通謀が成立したものと認め得るのである。また被告人原と被告人丸尾との間で授受された原判示の現金一〇万円が、被告人丸尾において本件預合に応じたことに対する謝礼の趣旨を含むものであることも記録上疑を容れないところであつて、この点を争う論旨も採用することができない。なお樋口弁護人は、原判決が本件の認定資料に採用した、被告人丸尾及び同原の検察官に対する各供述調書は、取調官の誘導強制によるもので信用性がないと主張するのであるが、記録を検討してみても、右各調書の信用性を疑うべき余地は毫も認め難いから、この点の論旨も排斥を免れない。

(関谷 内田 小林宣)

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